写真:23日の朝の塩見の海岸に寄せる台風21号の大波。右上のオレンジ色の船は南極観測船「しらせ」。錨を下ろさずに館山湾内で行ったり来たりを繰り返していました。
今月は週末毎に訪れる荒天で終始しました。
その中で最も威力が大きかったのは言うまでもないですが、記録的な高潮被害を南房総に残した台風21号でした。
23日の朝に関東に入った台風21号でしたが、ただでさえ強力なうえに通過時刻が大潮と変わらない潮高であった、この日の満潮時刻にちょうど重なるという最悪のタイミングでした。
私の家から130mにある塩見の海岸は館山湾の下の方、北に面していて通常の南からやって来る台風のウネリは寄せにくい場所です。
先月の18号台風の波は高く、珍しいと思いながら写真に収めていたくらいです。
先月の日記のグンバイヒルガオの写真の後方に写っている波がそれですが、上の写真を見ていただく通り、桁違いの波がその海岸に恐らく初めて寄せました。
館山湾内でこのサイズですから、太平洋岸がどれほどだったかを想像すると、とても怖くなります。
南房総での前回の異常な高潮と言えば関東大震災による津波だったかもしれません。
関東大震災では南房総一帯は大きな津波による浸水と隆起を経験しています。
写真:塩見の海岸でここまで育っていたグンバイヒルガオ。
18号台風のように本州より東側、房総半島より西側を通過した場合には塩見も波を受ける可能性が高くなりますが、台風が北上するにつれて地形が複雑になり、更に上陸しますから海面上での風の吹き送り距離が短くなって波の高さにも制限がかかり、ウネリの走ってくる距離も短くなり波長もそれほど成長しません。
また洲崎を回り込んだウネリが浅瀬で波を高める場所はいくつかありますが、それも塩見まで来ると力が弱くなります。
どちらかというと北西風が吹き続ける冬のシケのイメージが強い北に面した海岸なのです。
その海岸に満潮と気圧低下で水面が高くなったことも加わり、正に目を疑うような光景が広がっていました。
この台風により2017年10月23日は南房総の海に関わる人々にとっては、ずっと先まで伝えられるような厳しい日となってしまいました。
不幸中の幸いは唯一、大型船が館山湾内で座礁しなかったことくらいでしょうか。
しかし、ほとんどと言うほど多くの港で漁船が横倒しになるなどの大きな被害が出ており、海辺の建物も信じられない高さの場所で波を受け破壊されています。
被災者の方々のことを思うとここにそれらの写真を掲載することはできませんでした。
ここではいつものように海岸や海の生物の状況を見ることで、その被害を感じていただけたらと思います。
写真:植生で緑色にギッシリと満たされていたガレ場も一晩で灰色に。
先月の日記で紹介した、夏以来観察を続けていたグンバイヒルガオは22日の時点でほぼ砂に埋もれていて、23日には跡形も無くなっていました。
というよりも砂浜の形状が大きく変わるほどの状況で、海岸どころか砂丘上にも波が上げる状況でしたから、地下茎をよほどしっかり張った植物でも砂丘ごと削り取られて消え去った場所がほとんどです。
台風が去った後にできるだけ、いろいろな海岸を見てきましたが、海浜植生がそっくり失われている場所が多く、今後は地下茎が残っている種が優位になるでしょう。
先月発見したハマナタマメの株のあった場所も上の写真のように植生が一掃されハマナタマメがあった場所は地形が変わりすぎていてGPSで大まかに分かるという程度でした。
先月のハマナタマメの写真と見比べて頂けると状況がよく分かると思います。
写真:主に平たく波を被りやすい砂浜やガレ場で生息するスナビキソウですが、しっかりと頑丈な岩場に地下茎を這わせて再拡大への備えをしてあります。
ハマゴウやスナビキソウは風によって移動しやすい柔らかい砂の広がる、海に最も近い場所に暮らすために砂の中に丈夫な木のような、根のような茎、地下茎を伸ばしていつも暮らしています。
その茎は波を幾度も被っても何の損傷もなく、ただ砂の上に伸ばしている青い茎や葉が枯れるだけで、死んだように見えても必ずまた地下茎から芽を出します。
塩水や大波も気にしない植物なのです。
しかし、今回はさすがに地面そのものが排除されているような状況の場所もあり、存続が難しいのではないかという場所もありました。
特にスナビキソウの生息地は限られていますし、そこに毎年やって来るアサギマダラにとっても貴重な場所です。
果たして来年の春、南房総のスナビキソウがどれくらい戻ってきてくれるのか、そしてアサギマダラがやって来るのか、長年観察を続けている愛着のある群落ばかりですからとても気になります。
写真:コアホウドリが2羽打ちあがっていました。
23日、房総半島の南端に近い海岸ではコアホウドリの死骸が2羽打ちあがっていました。
うちひとつは近所に住む彫刻家でビーチコーマーの太田雅典さんが発見し教えてくれました。
鮮度を見る限り、2羽とも台風21号で何かしらの事故にあったのだと思います。
不思議だったのはこの2個体が数十メートルしか離れていない場所に打ち上げられていながら、周囲1qほどの範囲には他の個体が見られないことでした。
危険な状況の中、一緒に飛行を続けていて同じ波を受けて落鳥してしまったのでしょうか。
一方でオオミズナギドリは23日の朝の強風の中でも、むしろ気持ち良さそうに館山湾の沖合を滑空していましたが、身体が大きく翼の面積の巨大なコアホウドリは強風での飛行は苦手なのでしょうか?
繁殖以外では上陸しない、このような鳥たちの嵐の中での姿には大変興味が沸きます。
あの小さなウミスズメなどはどうしているのでしょうか。
写真:6体ものウミガメの漂着のうちのひとつ。
21号との関連は確認できないですが、26日には私の住む塩見から西への3qほどの区間で6個体ものウミガメの死骸が見つかりました。
海上を漂っていた死骸が大波で一気に打ち上げられただけなのか、あまりの高波で海面が飛沫や泡に満たされることで呼吸ができずに溺れ死んだのか、もちろん個体ごとに死因は違うと思いますが、溺れた個体がいたのかは興味深いです。
子ガメが初めて海に入る時にはそれこそ、どんな生物にとっても遊泳が困難な砕波帯を必死に乗り越えていきます。
そんな中でも初めて入る海で、ちゃんと波が崩れていない場所を選んでポコンと水面に顔を出し呼吸をするその姿を思い出すと、経験豊かなウミガメが呼吸できずに溺れたり、大きな磯波に巻かれてケガをするなんて事が起こりうるのだろうか?と考えてしまいます。
写真:ハマナタマメではないかと期待していた美しい新芽もすっかり失われました。
海の生き物が淘汰され、それぞれの海岸ではいくつもの海浜植物が一気に消えてしまいました。
写真のマメ科の植物は豆のサイズからして今年特に気になっているハマナタマメなのではないかと、その成長が楽しみでした。
和田浦でもそれらしき株を見つけましたし、上記の館山市太平洋岸の株も大きく育つことを期待していましたが、失われました。
海岸で暮らす人の生活も同じように失ったものが多くあります。
植物でも、新たな芽を摘まれてしまうこと以上に、しっかりと長い間根付いていた確かだったはずのものが、文字通り根本から失われた場合の影響は大きいです。
津波を受けたかのような被害が出た南房総の海岸線の暮らしが今までと同じように続けていけるのか、同じままで良いのか、心配しています。
今回の高潮で波をより内陸まで誘導した港、河口、海岸への入り口などについて、いつかはやって来るであろう津波への対応を考えるきっかけにしていくべきだと思います。
写真:台風21号が早朝に通り過ぎていった23日の午後の館山湾。
今回の台風は波が主な被害の源となったため、少し内陸に入れば今回はそれほど被害が出なかったという印象を持っている人もいるようです。
同じ土地でありながら海辺と内陸の分断が感じられます。
海辺から数百メートルしか離れていないところに暮らす人でもまだ海辺での被害を見ていないという状況もあります。
都市部に住む人ならなおさらで、今回の波がどれほど特殊だったかを感じ取っている人はほとんどいないでしょう。
津波を受けた状況と、今回被災した海辺の一部の人々の状況は同じです。
家が完全に破壊されているお宅もありましたし、大きな漁船が何隻も横倒しになっている港もありました。
まずは南房総の海岸がどう変わってしまったのか、特に南房総が好きで良く遊びに行く人たちに見に来てほしいと思います。
そしてそれぞれに何か感じ取ってほしいと思っています。
遊びなれた海岸であれば変化に気づけると思います。
こんなところまで波が来たという事も痕跡をよく見れば分かるはずです。
ただし道路が壊れたり、砂丘が崩壊して危険な場所もあります。
沖ノ島のように目立つ観光地は立ち入り禁止などが自治体により指定されていますが、ほとんどの海岸は危険な状況がそこここにありながら手を付けられていない状況です。
自己責任で、安全を十分に保もちながら、その被害を見に来ていただければと思います。
写真:台風21号と22号の合間に見られた美しい夕景。
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