あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
写真:空の青と海の青。冬の空気と海はとてもよく澄んでいます。
昨年は特に南房総は台風に翻弄された一年でしたが、気候の変化の様子からすると今年も、そしてまたその後もしばらくは厳しい自然環境の中で暮らしていくのだろうと考えておくべきだと思われます。
しかし、「ここのところ自然が厳しい」というふうに感じる私たちの感覚も、もっと遠い昔と比べるとそれほどではないのかもしれません。
先日、千葉市にある加曽利貝塚に行ったのですが、「今危惧されている気温上昇を上回る気温だった時代には恐らくもっと強大な台風が発生していた可能性があって、火山、地震といった地殻活動ももっと活発だった」という博物館のガイドの方が言っていた言葉にハッとしました。
目の前の、自分たちがよく知っている、ほんの短い時代を比較対象にしてみると、どんどん悪い方に地球が向かっているように感じてしまいますが、それよりももっと前の時代の人々はその厳しく変化する状況に順応していたという事実が貝塚のような長年続いた生活の痕跡のおかげで現代の人々に見えるようになっています。
それは、そういう時代を生きてきた人々から現代の人へ向けた「やっていけるはずだよ」というメッセージとして感じられます。
いま議論されている、その気候変動の要因が人為的なものかどうかを検証することはとても大切ですが、それと同時にいかにしてその状況を乗り越えていくかにも思考の重点を置いて、個々が具体的な対応について十分に考えて実際的に適応していくことが大切な時期に来ていると思います。
その時に参考になるのがやはり太古の人々の生活の姿だと思いました。
写真:殻の長さが12pもある2枚貝を拾いました!希少種アリソガイとツイッターのフォロワーの方々に教えていただきました。
加曽利貝塚の住居跡遺跡には復元された竪穴式住居がいくつか建てられているのですが、驚くことにその住居は昨年の台風15号、19号に耐えて全壊しているものはありませんでした。
周辺の木々が大きく損傷を受けているにも関わらず、うち一棟は無傷でした。
その形状や仕組みは完全に当時のものを復元できているのではないはずですが、円錐に近い、現代の家から考えると背の低い風の抵抗を受けにくい形状が有効に働いたと考えられます。
また周辺には多分当時も高い木々があって、それらが風を受け止めて弱めてくれている中に低い住居を建てるというのも強風の時代には重要な考えだったのかもしれません。
現在では海辺の防風林を排除して、個々のお宅の生垣もなくなる傾向がありますが、海からの強い風を直接受ける南房総の沿岸部のような地域にはいずれも欠かせないものだったはずです。
家の形状も2階建てが普通ですが、沿岸部で生垣よりも高い2階屋を最初に建てた大工は不安を感じなかったでしょうか?
今回の台風被害では平屋は影響を受けにくいと分かりましたし、生け垣が有効に働いている様子も見られました。
竪穴式に住む必要はないかもしれませんが、今では経験できないような強風を実際に受けながら進化してきたと思われる太古の人が残してくれたアイデアを現代的に活用することはこれからもっと大切になっていく予感がします。
写真:新たなツアールート開拓もしています。が、ここから先は自転車じゃ行けないかな…。
そういう点でシーカヤックを漕ぐということについても同じように感じられます。
加曽利貝塚博物館には同じ千葉市で発掘された丸木舟(レプリカ)も展示してあったのですが、腐敗で土に還り見つかりにくそうな木の櫂まで見つかっていて、それらの形状と現代のシーカヤックとの共通性はとても強いものです。
大きく見れば「カヌー」というくくりで共通の存在と言っても良いものでした。
使用目的から来る形状、扱い方はほとんど同じようなもので、地域的、時代的な影響で素材と装備にアレンジが加えられているだけと言えます。
加曽利貝塚で展示してあった丸木舟の底はまっ平らでした。
再現された当時の地図を見ると温暖化して今の内陸に広がった海は細い水路だらけでした。
写真:鋸南の潮吹きトンネルの海側には本当に潮吹くクジラがいました!(笑)
そこから海の様子を想像してみると、外洋の波を受けにくい穏やかな海面が多く、一方で潮位の変化による強い水流が発生した中を漕いだり、潮が退いた時にも浅瀬を漕ぎ抜けられるようにという必要があって艇の形状に環境が表れていると感じました。
平底は回転性をよくしてくれますから、川のカヤッカーのように自在に左右に艇をコントロールしながら流れのある狭い水路を漕ぎ進んだのかもしれません。
平底の利点は荷物を積んだまま艇を岸に引き上げる時にも良いと思います。
潮の向きが変わるのを待つ時にはそういう場面もあったでしょう。
平底であれば橇のようにしてロープで泥の中を引っ張ることもできます。
波浪の中を漕ぎ抜けるのであれば底は平らでなく丸みを帯びている方が安定します。
底が丸いのに安定するというのは不思議な感じがするかと思いますが、丸みが艇の前から後ろまで続けばそれがキールとして効果が出て直進性が強くなり波を切って沖をまっすぐに漕ぐには適していますし、横からの波の傾斜に左右されず艇の水平を保つには都合が良いのです。
そういう風に見てみるとこの丸木舟は沿岸の運搬用だったのだろうと想像してみました。
写真:外洋に適した極端にV字の底をしたシーカヤック。上陸すると傾きますが波中ではとても快適です。
また、この丸木舟に2本の横梁と言われるシートのようなものが前後に配置されていて、艇の強度を出すためにしては貧弱ですし、もしかするとお尻が安定するようにするための背もたれ(越あて?)にあたるものかなと思いました。
それが前後の端に近い位置に配されているので、2人乗りではなく、前後どちらにも漕げるリバーシブルだったのではないかと思いました。
狭い水路の行き止まりで上陸した時に、再度海に出る時には逆の向きに座れば良いのですから特に荷物を積み込んだ艇を扱う場合にはとても便利だと思います。
我々シーカヤッカーも昼食で休息した時など重いカヤックの向きを変えたり、後ろ向きで漕いで出たりという事をしますが、慣れるまでは、特に地形が良くない場合には負担となる作業のひとつです。
私が想像したことが当たっているかは、もちろん分からないのですが、使っていた本人がいないのですから好きに想像できる楽しさがあります。
昨年の国立科学博物館が行った台湾から与那国島までの丸木舟による航海のように様々な想像をめぐらして、実際に実験、体験してみるということは、現代には忘れられてきた計算的でなく感覚的なものを強めてくれる機会になると思います。
写真:カワセミが1度のダイブで2匹の魚を捕って来てちょっと驚きでした。1ダ2魚。
その点で、シーカヤックという極北の人々が実際にハンティングで生活のために使用していた道具(に似せたものではありますが)の扱いを実際的に体感的に習得することで直観的な天候、気候に対する対応感覚を再起動させてくれる行動だと思うのです。
人々がもし義務教育の中で海でシーカヤックを漕いでいたら、台風や津波という自然に対しての態度はもっと違ったものになっていたでしょう。
そう考えると、これからはレジャーとしてだけではなく、人の感覚を再度引き出すための方法としてシーカヤッキングに限らずアウトドアが重要な時代だと感じたのでした。
テントを張る時に崖崩れ、水捌け、潮の上げ下げ、風当たりを気にしないで建てるということはあまりないと思いますが、もし考えないで建ててしまえば、夜に降り出した大雨で夜中にテントの場所を変えなければならなくなったり、潮が上げて来てテントに波が侵入したりという経験をすれば、次には気を付けるでしょう。
そういう経験がいつか家を建てる時にもきっと役立つはずです。
そういう個々の経験の延長に加曽利貝塚のような非常に長い間にも住み続けられる場所を選択する知恵やセンスが生まれるのだと思います。
写真:ミサゴ観察も続けています。魚が重くてなかなか上昇できないミサゴ。
現代ではなかなか自由にキャンプをしにくいですから、最初からキャンプ場としてある程度の安全確保がある場所が用意されてしまっているので、自分で考えて場所を選ぶということが無くなってきているかと思います。
それは家も同じで住宅地として売り出しているから安全なわけではなく、自分で考える癖が必要だと思います。
少なくとも、そこに住む事で生じるリスクを把握したうえで住むという、リスク管理のようなアウトドアの基本的な考え方を学ぶには日本では海というフィールドは貴重だと思います。
海上だけは人為的にコントロールされていませんし、指定場所もありませんから海をマンパワーで往くのであれば本当の自然の、つまり地球の動きを見ながら対応して選び、行う本当のアウトドアが経験できる場なのです。
というわけで(?)今年も是非海に繰り出して自然の変化を身を持って感じ取り生き抜いていきましょう!
写真:冬の海の素晴らしさ!
加曽利貝塚博物館ホームページ
お知らせ
2020年元旦ご予約分よりカヤックツアー代金の価格改定を行いました。
詳細はシーカヤックのページをご参照ください。
どうぞよろしくお願いいたします。
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