写真:平砂浦での上陸足跡。ここは光害が無い事は素晴らしいのですが、砂丘の護岸が年々進んでいます。
2000年に白浜町根本で偶然に見つけたウミガメの上陸痕跡をきっかけに秋山章男先生にご指導を頂きながら、手探り状態で始めた調査ですが、今年でお陰様で20年目となりました。
そして6月からの3ヶ月の南房総市白浜町毎日調査と、同期間に不定期に行う館山市平砂浦、南房総市千倉〜和田区間の調査を今シーズンも無事終えることができました。
今シーズンに私が確認したウミガメ上陸の記録は以下のようになりました。
平砂浦 3
布良 0
根本 4
砂取 1
滝口 1
名倉 0
南千倉〜瀬戸浜 0
白子 0
丸山 0
和田 0
写真:相変わらず混み合うことがなかった根本海岸。
この夏は海水浴場不開設という異例の出来事で、この調査を始めて以来初めての状況での記録となりました。
果たしてその影響がどのように出るのか大変興味がありましたが、私が調査している海岸で例年海水浴場として指定されているのは根本海岸と千倉の海岸だけですので、実際のところその変化を確認できる場所は限られていました。
他の海岸はいずれも潮の流れや、波が高まりやすいなど海水浴場として危険であるために昔から遊泳が禁止されており、しかし砂浜海岸であるので多くがサーフィンに適したポイントとなっていて、人の出入りはあります。
ウミガメは泳ぐのは得意ですが、陸上を歩くのは得意とは言えないでしょう。
地面に腹を引きずりながら、地上での移動に適してるとは言い難いヒレ足で重い身体を移動していく姿は大変な困難を感じさせます。
また、あらゆる生き物にとって動作の制御が困難な場所である砕波帯を超えて陸を目指し、帰りにまた海へ向かう作業もウミガメにとっても危険な難所だと思います。
シーカヤッカーやサーファーはその困難を実感しているので、もしウミガメの気持ちを少し味わってみたいと思われるのであれば、それらを体験してみることをお勧めします。
そのような、生き物やヒトが泳ぐには難しい場所を選んでウミガメが産卵にやって来ることの不思議を感じます。
海から追いかけてくる天敵がいるのだとしたら、上陸が困難な海岸を選ぶのは納得がいきます。
そういう荒れやすい海岸には陸上にも天敵が少ないという相関があるとしたら、やはり納得がいくのですが、それもそう大きな違いはなさそうです。
ただ長大な数キロに及ぶ砂浜海岸は大抵の場合、山が離れていて手前では砂丘も発達しているために山の生き物が下りて来てウミガメの卵を食べてしまうという可能性が下がるのかもしれませんが。
すぐ近くには東京湾もあって、例えば館山湾の海岸で産卵すれば比較的穏やかな海況の中を楽に上陸できますし、更には卵が高潮の被害に遭う頻度も下がるはずです。
なのに内房に産卵に来るウミガメはほぼ見られなくなっています。
写真:知り合いの漁師さんに教えてもらったポイントで陸上からウミガメ観察。若いアオウミガメが浅瀬で海藻を食べている様子でした。
普通に考えてみて、実はもしかすると東京湾岸(内房)の海水浴場に指定されて長年夏季に人が多数出入りするようになった海岸も以前はウミガメの安定的な産卵地だったのではないでしょうか?
その大切な産卵の季節に海岸に人が多数出入りすることで産卵に何らかのかく乱が起きてウミガメが来なくなったという事はないのでしょうか?
私が東京から館山に越して来て以降のこの四半世紀の記憶でも、例えば岩井海水浴場と船形海水浴場での産卵上陸の話を聞きましたし、私が住んでいる館山市塩見でもウミガメが上陸して来た話がありますが、近年では全くそういう話が無くなってしまいました。
ということはそのまだ昔は東京湾内である館山湾、そしてその北に広がる富津岬までの海岸線にもウミガメが産卵に来ていた可能性があるのだと思いますが、私は今のところ記録を得ていません。
洲崎から北の東京湾内には高密度で定置網もあり、実際にウミガメは現在でもその網に掛かっています。
海岸の利用状況と網の密度を考えると東京湾に産卵に来ていたウミガメの血が途絶えてしまっただけではないのかと思わずにいられません。
写真:Twitterで知ったばかりの白樺の樹皮で作られた浮きと思われるものを早速発見!
ところで今シーズンの海水浴場でもある産卵地での状況ですが、千倉は南千倉海水浴場、瀬戸浜海水浴場共に上陸を確認できませんでした。
ここは不定期の3ヶ月のうちに6回程度しか調べに行くしかできていないエリアですので、実際は上陸がありながら私が行った時には足跡が消えてしまっている場合もあるはずで確実な記録をとることができない場所となっています。
そのため海水浴場不開設との関連を考えるには適当とは言えない対象となっています。
もうひとつの根本海岸は3ヶ月間の毎日調査を行っている場所であり、例年は海水浴場と併設の形で海岸キャンプ場にもなっている特に今回変化の大きな海岸でもありました。
ここでこの夏、4ヶ所のウミガメの上陸を確認し、うち3ヶ所で産卵の可能性の高いボディーピットも確認できました。(現在、卵の掘り出し確認は行っていません)
これらの上陸痕跡は海水浴場とキャンプ場の影響を分かりやすく上手く表現してくれているものでした。
写真:こんなに長い下顎を持つトウザヨリと思われる稚魚の漂着。この長さフシギ…。
まず6/26に上陸があった巣では砂丘上の中段に広がった平地の真ん中に産卵の跡がありました。
ここは例年ではキャンプ場のテント場に充てられていて、自動車の侵入もある場所です。
しかも水際から母ウミガメがこの場所に至るまでの間には自動車が通りやすくするためにシーズンの前には重機によって砂丘を削るように通路が設けられ、それで地形の落差が大きくなるためにウミガメがこの場所まで上がってくることはありませんでした。
今回の場所で真っ先にウミガメが産卵をしたことは、いかに今までキャンプ場が産卵行動に影響を与えていたかを分かりやすく伝えるものでした。
さらにこの場所は本来は道路の街灯や、公衆トイレの明かりなどによる、光害といわれる光による生物の行動阻害の影響が全く無い場所でした。
しかし例年夏季にはこの場所にテントが張られていることで夜間の遅くまでランタンなどの灯りが海から見えている状況になっていました。
子ウミガメが巣から脱出後に海に向かう場合に光の影響を強く受ける事はよく知られていますが、今まで母ウミガメの足跡の経路を観察してきて母ウミガメは光の見えない場所を選んで産卵すると考えています。
写真:この8月はきれいなタカラガイも多数打ちあがりました。ウミガメの上陸数が少なく、結果ほぼビーチコーミングな日々でした…。
この産卵位置は高潮による浸水及び大雨を含む水たまり上になる可能性のない場所に更に人為的影響である光害も避けられる、根本海岸の中で最高の条件の場所でした。
根本海岸に限らず、現在の千葉県ではこれ以上の産卵条件を望めないくらいの場所でした。
今までキャンプ場として利用するためにこの貴重な場所をヒトが占拠していたことを非難することもなく、「空いたみたいだから使うよ」というくらいな感じで母ウミガメが戻って来た事に人として申し訳なさを感じました。
その「戻って来た」というのは、根本海岸のウミガメは昔は海岸道路のあるあたりまで奥まっている砂丘の上の方に卵を産んでいたという近所に住む海女さんの証言があるからです。
現在、キャンプ場が海岸線にある事がまず目の前の問題ですが、そもそも根本海岸に接する海岸道路が無かった時代にはそこは砂丘であり、その海側には今以上に広大な砂浜があったのでした。
その奥まった月明かりしか光などない砂浜が本来の産卵地の姿だったわけです。
昔ほどの条件ではないけれど、久しぶりに安心な場所で卵を産むことができた母ウミガメはきっととても安心して過ごしているのではないでしょうか。
その後8/7に上陸した母ウミガメもほとんど同じような場所に産卵をしました。
よほど好条件なのでしょう。
しかし過去にこの砂丘を登り切って産卵した母ウミガメがいないというのは、今まではその分のストレスを抱えての産卵になっていたという事と考えて良いと思います。
写真:ハマナタマメと思われる発芽をいくつか発見しました。昨年の強烈な台風の影響で種子の漂着が多かったのでしょうか?
7/20日に上陸のみした足跡は海岸の奥に入ろうとせずに波打ち際に沿うようにやや蛇行しながら歩き、川の中を海に戻ったという痕跡でした。
この手の蛇行は根本海岸特有で、私は光が母ウミガメの行動に影響を与えていると考えています。
今年海岸に視界を妨げるテントがなかったことで、むしろ波打ち際から見て最も遠い、しかし光の強い海岸入り口の公衆トイレの明かりがよく見えていた事が原因と考えています。
光を避けようとするとその先に進めないわけです。
8/29も7/20の上陸に近い場所での上陸で、産卵は砂浜の中央部で行われていました。
ここは例年ではお盆の特に混んでいる時期以外はテント場になりませんし、クルマも入らないのですが、しかし昼になると海水浴で人が密集したり歩く人の多い位置でした。
そのため、巣は日中には多数の人が踏み歩かれることになってしまっていました。(巣にはいたずら防止で柵や目印を設置していません)
今回はそういう心配もなく、安心して見ていられます。
ただここのところの台風の巨大化もあって高潮で浸水したり、場合によっては地形も変わり巣に問題が起きる可能性があります。
これは自然のことだから仕方がないようにも見えますが、台風の巨大化自体がヒト活動の影響と無関係かを考えるとそうとも言えなくなります。
更にこの場所に産卵したことは、7/20の上陸を行ったウミガメと同じように、恐らく通年夜間を通して明かりが灯っている根本海岸入り口の公衆トイレの大きな窓からの明かりが影響している可能性が高いと思います。
トイレがまだ無かった、私が調査を始めたばかりの2001年には似たような経路を辿りながら、海岸入り口の今のトイレがある辺りまで歩いて行った母ウミガメの足跡も確認しています。
明かりがあることで奥に行くことを止めてしまった可能性があると思います。
写真:海浜植生に暮らす日本固有種ヤマトマダラバッタは昨年の台風被害にも負けず生息し続けていますが、護岸が大敵です。
このように今回のCOVID-19の影響による海水浴場不開設がウミガメにとっては良いことだったと分かったわけですが、それは別に海水浴場やキャンプ場を開設しないから良かったわけではなくて、自然物に対して適切に配慮した運営が行われれば十分にバランスが取れる可能性もあるということが分かったとも言えると思います。
自然物であるはずのウイルスがヒトに自然とのバランスについて少し考える機会を厳しい形ではありながら与えているようにも感じられます。
中国はじめ様々な国での産業活動から日常の移動までに至るヒト活動の縮小が様々な大気汚染の改善が話題になりました。
今年の夏の海岸の空の色はいつもの青と違ったように見えましたが、もしかしたらその為かもしれないと思っています。
ウミガメの本来の行動を見るのも同じようなもので、いろいろな事を自然の、元の状況がどうだったのかを少し思い出すことができる機会とも言えるようです。
これから先どうやったら自然と共存し続けられるのかを一度足を止めて考えるべき時なのかもしれません。
ウミガメが根本海岸に来なくなっても、多分誰も困る人もいないでしょうし、それに気づく人さえいないかもしれません。
調査初期の頃、ウミガメの産卵を調べていると言うと多くの人が「ウミガメが来ていたのは昔の事」というような意味のことを言っていました。
つまり南房総の人々の中では既にウミガメは絶滅してしまっていたんですね。
写真:ガラ空きの根本海岸に大量に漂着したカタクチイワシを食べるトビと千葉県に配置された海岸の警備員。なんとも不思議な光景。
しかし実は細々でもまだ来ているという事を知り、配慮するならば、海岸の形を変えるという事の意味が変わってきます。
近代になってヒトはいつも自然に影響を与えて都合の良いように制御する側でしたが、今回のウイルスにより(ウイルスが自然の一部と考えれば)自然に影響を受けて制限を受ける側になったと言えます。
これで自然がヒトから受けてきた事がどういう事だったのか分かったような気もします。
大切な産卵地をどんどん変化させてしまうヒトの活動がウミガメから見た時にどういうことなのかも感じられたと思います。
ウミガメはヒトがやったことだとはもちろん理解していないでしょうけど、もしそれを知ったらヒトを嫌いになってしまうでしょうね。
どうしたら、どの辺りで様々な生き物とヒトが同居していけるのか判断することは本当に難しいですが、同居していなければこの世界は続かない事も分かっています。
これからもそれについて考えることを止めないように、諦めないようにしていかなければなりません。
ベタ凪続きの8月でした。
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