写真:富士山とミサゴ(右上)。せっかく見つかっても真上を飛んでくれなければ個体識別用の写真を撮れません。
もう1月も半ばを過ぎてしまいましたが、今年もどうぞよろしくお願いいたします。
そして毎年新年はそうですが先月の、つまり去年の出来事を書くことになります。
まずはTwitterでアップしてきた内容を追ってみます。
1日に行った11月分のミサゴ個体照合で同所別日2件が合致しました。
この冬は過去の冬に比べるとミサゴとの遭遇率が低い感じなのですが、私の方も実際ミサゴを探すためだけに動くという事をしなくなっていて、それも大きな原因です。
去年から観察対象になった海岸、海上のクモや海浜植物に時間を割くようになっていて、ミサゴの方はそれらの観察に出かけるついでに過去に観察できたポイントをチェックするという感じです。
海浜植物は夏に発見したグンバイヒルガオとハマナタマメが冬を越すかどうかの状況追跡を不定期に行っています。
そちらはどの株も枯死、もしくは埋没したものがほとんどになったので、そろそろ観察を終えますのでミサゴを主体に切り替えるつもりです。
ただまだ青みを残していて地下茎が枯れていないものがいくつかあり、その越冬の状況は春も観察していくつもりです。
また、2021の1月の終わりにはスナハマハエトリ(クモ)を初めて見つけたので、もうその時期に達しますので、そちらも出現時期を知るためにこの1月には注意して観察していて、やはりミサゴ最優先という感じではなくなっています。
同じ鳥を何種か見るなら楽なのですが、地面のものと空のものを同時に探すのはなかなかうまくいかないですね。
植物の撮影をしていたら真上をミサゴが通り過ぎていくというような事はよくあります。
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写真:こちらは長年越冬を続けている館山市のグンバイヒルガオ。12月半ばでも青々していて花や蕾もありました。
2日、軽石はとうとう福徳岡ノ場のものが南房総にも到達しました。
海上保安庁もそれと確認して報告していました。
噴火からこちら到達まで111日掛かかった事になります。
軽石を船舶のエンジンが吸い込むことでエンジントラブルの恐れがあることが分かってからは海上保安庁も軽石にずいぶん注目するようになって、その他に漁業被害、観光被害(?)など関東など本州沿岸でも随分と心配されましたが、沖縄県の海岸のようなことはなく済みました。
Twitterでアップしたこの月初め頃にはどのくらいまで軽石が漂着するのだろうと多少は心配もしていましたが、「カヤックはエンジン故障の心配もないので、むしろ軽石の海を漕ぐのは記憶に残るパドリングになりそうですね。」などと書いていました。
実際それは楽しみだったのですが、結局そのような海面を経験することもなく、現在2022年に入ってからは福徳岡ノ場タイプの軽石は海岸でもほとんど見つかりません。
漂着始めの頃に少し採取しておいて良かったです。
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あと房総半島南端辺りに見られるスコリアと思われる石は昔からあるのですが、例の軽石と間違われる場合があるようなので一応紹介しておきました。
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3日、福徳岡ノ場のものと同じ外観特徴を持つ軽石は様々な海岸で確認できるようになりました。
この日は館山湾内で採集しました。
海上保安庁の情報でもありましたが、意外と多めでした。
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写真:3日、大房岬での福徳岡ノ場タイプの軽石漂着状況。
8日、11月に漂着したアオミノウミウシの写真を見ていたところ右脇腹(天地逆様生活のため左側に見えます)に穴が開いたようになっている個体が写っていて、調べると生殖器とのことで肛門は同じく右側の後ろの方にありました。
そして台湾での観察例では排出されている卵の写真もあり、自分の写真を探してみると産卵の様子も写っていました!(先月のカヤック日記で詳細記載済みです→2021年11月のカヤック日記)
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13日、朝はアカウミガメ漂着情報あり確認〜報告してきました。
甲長73p、調査されて埋設処理されました。
その後は館山市の太平洋岸で軽石の状況を記録し、同時にスナハマハエトリ、グンバイヒルガオの記録を行いました。
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15日の朝、食べかけの魚が庭に落ちていました。
恐らくミサゴが落としていったのだと考えています。
我が家上空はミサゴの通り道なのです。
午後は海の上の虫活動してきました。
鮮やかなオオキイロマルノミハムシ(おそらく)は初でした。
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写真:館山市太平洋岸では鯨類の頭骨が見つかりました。全長50pほどで歯の窪みの数からスジイルカと思われます。国立科学博物館に寄贈依頼してあります。
16日、岩の上にクモが2頭いました。
2頭は10pほどの距離にいて1頭は活発で1頭は動かない。
この岩はいろいろなクモが見つかるんですが他の岩とは分離、満潮時には水に囲まれてしまうし、時化れば波を被るという立地なんですね。
そういう点でここにクモがいる事がいろいろ気になります。
そして活発だった方のクモはしきりに尻を高く掲げて飛び立とうとする姿勢を見せていました。
幾度か失敗した後に飛び立ったと思ったらほんの1mほど先の同じ岩面に着地して、それはそれで驚きでした。
てっきり空高く舞い上がるのだろうと思っていたので。
もしかすると短距離でも手軽に飛ぶのかもしれないなと思いつつも多分失敗しただけだろうと考えました。
クモが空を飛ぶ行動はバルーニングという言葉になっているので、なんとなくイメージで「空高く」という思い込みがあったなあとも感じました。
14日には海に近い自宅でもバルーニングを観察していて、海岸沿いは適度に風が安定していて障害物も少なくバルーニングには良い場所なのかもしれません。
18日にはなんと3個体もウミガメ死骸発見情報があり確認してきたのですが、うちのひとつでは甲羅の上にクモがいて、凄く忙しそうに動き回っていて、これもやはり飛びたいクモ特有な動きでしたので、動画で撮っていたらやはり飛んでいなくなりました。
少し見晴らしが利く適度な風の当たる場所ならどこからでも飛ぶんですね。
当日のTwitter投稿
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写真:海岸の岩の上で糸を舞い上がらせて飛び立つ準備をしているクモ。実際この直後に飛びます。すぐ左方向が海です。
20日には砂浜の波打ち際でクモを見つけました。
10mくらいしか離れていないところでも同じように波から逃げるように移動している似たような形色合いのクモがいたのが不思議でした。
1個体目は波を被って見失いました。
2個体目は頭の天辺がケガをしているのかな?というような不思議な状態で気になりました。
もう1年以上もクモの話が多くなってますが、身近だと思っていた海岸に今までに知らなかった世界が広がっている感じで海辺のクモ飽きないです。
当日のTwitter投稿
21日は富津市へ脚を延ばしてミサゴ、海浜植物チェック等を行いました。
富津市の海岸はなかなか素晴らしいのでツアーでもカヤック、自転車ともにツアーを行っています。
富津エリアでのツアーご希望の方はお気軽にお問い合わせください。
南房総とは少し違う良さがあります。
また首都圏からのアクセスも1時間ほど楽になりますよ。
当日のTwitter投稿
26日は暖かな館山にも雪が降りました。
そんな中、ウミガメ漂着情報を頂き記録してきました。
甲長38pの若いアオウミガメでした。
出動が遅く夜になってしまいましたが、貴重な館山の海辺の夜の雪景色を見ることができました。
雪の夜景にウミガメの死骸はなんとも悲しげな風景でした。
当日のTwitter投稿
28日、風が弱まった隙に海の上のムシ探し行ってきました。
海面の虫で数も多く最も目立つ存在と言えそうなカスミカメムシの仲間×6、ハエの仲間×3、アブラムシのような翅のある虫が数種(この類は海面に沢山いたのでいくつか採取したら後は放っておきました)、そしてクモ×1を発見!
サラグモの仲間?先日砂浜の波打ち際にいたのと似てました。
そしてこの日が2021年の漕ぎ納めとなりました。
当日のTwitter投稿
写真:海面のムシを探している場所の近くにスズメバチの大きな巣が出来て、接近すると頭上を掠めて飛んでいくので秋まではなかなか近づけませんでした。人工的な窪みは戦時中に掘られたもので東京湾岸にはあちこちにあります。
2021年の8月13日に福徳岡ノ場の噴火から軽石が大量に流れ出し、南西諸島から関東にまで軽石が到達し生活にどういった影響が出るのか経験が足りていないだけに様々な不安が広がりましたが、当初予想されたほどの出来事は起きなかったように見えます。
報道が途中で飽きてしまったのか情報が減ったというのもあると思いますが。
そして軽石騒ぎが収まったと思ったところへ先日のトンガでの大噴火ということで、同じ太平洋の西側での噴火ですので、そういう地球の活動がかなり活発な時期に入ったのだという事が改めて強く感じられました。
これを書いているのが18日ですので、2022年1月15日のフンガ・トンガ=フンガ・ハアパイ噴火からまだ数日しか経っていません。
トンガとの通信が途絶えて現地の情報が不足しているという緊急な状況が続いています。
日本には噴火の衝撃波が原因とされる津波と気圧変化が観測されました。
今回気圧変化が観測された事で思い出したのですが、西暦535年にやはり太平洋の西側で大噴火があったという記録の検証に中国で雷のような音が聞こえたという記載が残っているという事でした。
この言葉から検証されてその方角にある候補火山から、それがインドネシアでの噴火だとされたのですが、その距離はなんと4500qほどもあります。
この噴火ではひとつの島がスマトラ島とジャワ島というふたつの島になったっていう事で今回と規模がまるで違うのですが、それにしてもと驚いていたのでした。
しかし今回のことで8000qほど離れたトンガから衝撃波が届いたという事を経験したことで、535年の「音が聞こえた」という事実が不思議に思えなくなりました。
この535年の噴火では、その後の日照不足など、今心配されている1991年のピナトゥボ山噴火から始まる日照不足による1993年の米不足以上の事が起きて世界中で様々な変化が起きたそうです。
写真:館山湾で時々見かける美しいアオイガイ。
たまたまこの12月にそれについて書かれた「西暦535年の大噴火」デイヴィッド・キーズ著、2000年出版を古本で買って読んでいたところでしたので、今回の噴火で真っ先にその事が浮かびました。
1993年の米不足も私がちょうど館山市に越した年で、慣れない店でタイ米を買った強い印象があったこともあり、いろいろと今後が気になっています。
そしてシーカヤッカーで今ではツアーを催している自身として気づいたのは、1990年代初頭にシーカヤックがブームとなって需要を増していった理由が、今考えると1991年以降の一時的な寒冷化にあったのではないかという事でした。
海が好きな人は夏が来れば海に行きたいのです。
しかし寒い夏には海岸で寝そべっていても、水に入っても寒い。
どうしたら夏の海を満喫できるのかと考えた時にヨットやカヤックに乗れば海水浴やサーフィンのようには寒い思いをしないでも海で水遊びができるじゃないか!という思い付きが多くの人に浮かんだのではないかと。
実際、シーカヤックは少し寒いくらいが快適な水遊びです。
大元が北極圏でエスキモーやアリュートといった海洋で狩りを行っていた先住民たちの乗り物なので低温に対する適応の結果のデザインがもともとあったのです。
同じく内水面や川下りといった場所ではカヌーが普及したでしょう。
そういう私もその頃にシーカヤックの存在に気づいてしまったひとりでした。
1991年から1992年の小笠原父島でのアルバイト先で初めてクジラを見た時に同じく海面で初めてシーカヤックを見ました。
私は知り合いの漁船に乗せてもらっていたのですが、彼らシーカヤッカーは自力で岸から漕いできて同じくクジラを見ていました。
なんて自由でクジラと対等な関係なんだろう!と思いました。
写真:深海を行き来する小魚の漂着も幾度か見られました。
彼らはご夫婦だったのだと思いますが、ふたり乗りカヤックで悠々と海面を去っていきました。
その後にシャチを見に訪れたカナダのバンクーバー島ではやはりいくつかのウォッチングボートに乗りましたが、いつもカヤックが見えていました。
後で知ったことですが、そこは世界中でも特にシーカヤッカーが多い場所のひとつだったのでした。
つまり私はクジラを自分で見に行きたくってカヤックを始めたのですが、今思い返してみると小笠原の一年中夏のような南の島でも、カナダの水の冷たい海岸線でも自由に動き回る自転車のようなシーカヤックが浮いていて、「それは自分が知らなかっただけで当たり前の存在なのだ」と思ったのでした。
そして日本に帰って改めて探してみるとシーカヤックはちゃんと売っているし、ツアーも既にかなりあったのです。
そういう時期にあの寒冷期は実はシーカヤックやカヌーの普及の取っ掛かりとして大きな影響があったのではないかと感じたのでした。
思い付きで書いていますから過去の雑誌などを引っ張り出して状況を再検証してみたい内容ですが、私自身が実際にその時期にカヤックを初めて、その後館山でカヤックを漕いできて、海上で遭遇するカヤッカーの数などの変化を思い返すとそんな感じがしています。
そして1994年は打って変わって猛暑になった記録がありますが、私にはむしろ良い効果があって水中で行う転覆やサーフゾーンでの練習、エスキモーロールといった練習には最適でした。
写真:14日、館山湾に虹が出ました!
たまたま運の良い時期にシーカヤックに関わり始めたと言えますが、それを今の状況に当てはめると2022年はシーカヤックを始めるには最適な年なのではないかということです。
寒冷化の中で食糧事情など問題も多々想像できますから心配はもちろん多いのですが、それでも自然の中で過ごすこと身体を動かすことは健康のためにも必要です。
寒い夏を楽しく過ごし身体を保つために今シーカヤックを改めてお勧めするタイミングのような気がしています。
そんな風に遊んでられないよ…という時代になるとも言えますが、実際シーカヤックで海に出るという行為は多くの人にとって最初は単なる遊びであることがほとんどです。
というか、それが普通です。
しかし、シーカヤックを漕いで自らの力で海に出るという事を繰り返すうちに、それは単なる遊びではなくなってしまいます。
まず自然だけに囲まれた状況に身を置いて自らの命を保つという事に直に接するようになるからです。
ここで修行のようになってしまうと嫌になってしまう場合もあると思いますが、ここでうまい具合に視野を広げることができるとシーカヤックを漕ぐ一漕ぎ一漕ぎが地球の仕組みを頭ではなく身体で知るための行為だと気づけます。
ここで「気づけます」と書いてしまっているので、それに気づいた時の気持ちが薄れてしまいますから詰まらないですが、実際はそれぞれが実感的になんだか気づいてしまう事で、それはそれぞれに強い影響のある経験となるはずです。
大袈裟に言えば宇宙に行った人が地球を見て人生観が変わるのと多分同じようなものかもしれません。
命を懸けて漕ぎ出して、遠く沖から生まれ育ってきた地上を眺めるという点でいえば。
写真:館山湾では2020年12月以来のアミの大量漂着がありました。
宇宙から地球を見た人と同じ効果としては、近所の海でシーカヤックを漕ぎ続けるだけで世界中の海が自分のものと感じられるという点です。
「自分のもの」と言うと現代では所有と考えるかと思いますが、そうではなくて「自分が大切に思う場所」とか「自分と関係ある場所」といった感じです。
千葉県の館山市に住んでいても福徳岡ノ場で噴火があればそこはすぐ近所の海と繋がった、ほんの1000qほどしかない場所と本当に感じられます。
海は多くの人にとって行き来を制限する存在と感じられていますが、シーカヤックに乗るようになると海面はどこにも繋がった広大で自由な道に見えるわけです。
今回のフンガ・トンガ=フンガ・ハアパイでさえ必ず日本と繋がった海面ですから、今回津波が来た事には全く不思議がありませんでした。
ただもちろん空気の揺らぎがそれを起こしたという事は凄いと思いますが、空気の動きが波を起こすというのはシーカヤッカーなら誰もが風が波を作り出しているという実感を持っているので不思議なことではないでしょう。
そういった意味で身体で海を体感し、世界中の海と繋がっている事を意識することで「シーカヤックに乗る」という事の意味が大きくなります。
きっとシーカヤックを必要とする、もしくはシーカヤッカーと同じような感覚で生きる必要が求められる時代が来るような気がしています。
写真:海面はいくら見ていても飽きません。
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