カヤック日記


2018年8月の出来事



褐色の今年生まれの子を従えて繁殖地から続々と戻って来るウミネコたちの休息。













写真:褐色の今年生まれの子を従えて繁殖地から続々と戻って来るウミネコたちの休息。

今年も6月から3ヶ月間のウミガメ産卵調査期間を終えました。
南房総市の白浜町根本から滝口までの約3qの海岸線は毎年夏の3ヶ月の間、毎日休みなしで今まで記録してきたのですが、今年はこの14日に、台風で海岸を歩くのは危険だとかそういう環境的な要因以外では初めて記録を休んでしまいました。
8月14日といえば、お盆休みの真っ最中ですから、特にキャンプ場になっている根本海岸ではその日に産卵上陸があったとしたら、ウミガメの行動はテントや灯り、人の動きなど、様々な要因で正しい産卵行動をとれずに、テントの合間を縫って延々とキャンプ場を彷徨ったり(過去にはトイレに迷い込み人々に海岸まで運ばれたという事例もありました)、逆にテントでギッシリと埋まった海岸に上っていくことができずに大潮の満潮程度でも波を被るような場所に産卵をしていくなど、とにかく特に注意しておかなければならない時期なのですが、そういう重要な日の調査欠損となってしまいました。
こういう時期には人出が多いですから、あっという間にウミガメの上陸した足跡は掻き消されてしまいますので朝早めに海岸に行かなくてはなりません。
当日でもそういう状況なので、次の日に出かけたのでは足跡の一部でも見つかけるのは困難です。
そのための毎日調査だったのですが、今回は15年の間一緒に暮らした猫のために海岸へ行くのを諦めました。
どちらが後で後悔するか、ということもありますが、状況的に離れることができませんでした。

写真:お盆が過ぎてすっかり静かになった根本海岸。この辺りに6/26産卵巣がありますが、まだ孵化などの様子なし。















写真:お盆が過ぎてすっかり静かになった根本海岸。この辺りに6/26産卵巣がありますが、まだ孵化などの様子なし。

1日欠けたことで完全な記録ではなくなってしまいましたが、この3ヶ月の記録は以下のようにかなり寂しいものとなりました。
6/19根本、上陸のみ
6/20砂取、上陸のみ
6/21千倉、産卵痕あり
6/26根本、産卵痕あり
7/18根本、産卵痕あり
7/18根本、産卵痕あり(足跡薄く、おそらく前日の産卵痕)
7/24白子、産卵痕あり
7/26平砂浦、産卵痕あり
8/10平砂浦、産卵痕と思われる不明瞭な地形あり

写真:特等席で台風13号から届いた波を見物しているシギたち。













写真:特等席で台風13号から届いた波を見物しているシギたち。

つまり、8月には毎日調査を実施している南房総市白浜町で一度も上陸がありませんでした。
また今年は台風が多く、海岸が高波を被った頻度が高かったことで毎日調査ではない平砂浦と千倉-和田の区間では足跡が高波で消えやすいため上陸痕跡の発見頻度も非常に低くなってしまいました。
何よりも白浜町の根本海岸を除く海岸で今年一度も産卵が確認できなかったことに大きな危機感を感じています。
やはり昨年の台風21号での砂の移動によって砂浜の海側に岩盤が露出して上陸が難しくなったことは一要因のような感じはしますが、それでも過去には岩盤の合間の決まった水路を通過して上陸したりしていた個体もありましたし、少なくとも満潮時であれば、上がれないとは思えないので、もっと大きな理由を見つけるべきかもしれません。
しかし何より、高頻度でウミガメの死骸を見ているのですから白浜町に来ていた母ウミガメが全て死んでしまったのだと考えても不思議ではないと思います。
今年も、このほんの3ヶ月の間に私が見つけただけで、アオウミガメが7体、アカウミガメが10体も見つかっています。
もちろん野生の生き物ですから、様々な要因で死にますし、死は生き物にとって欠かせないものですが、その中にどのくらいの割合で人の生活が影響を与えているのかはもっと考えていかなければならないでしょう。
特に漁業網の中で溺れ死ぬ「混獲」や船舶との衝突はウミガメに限らず鯨類でも死因になっていますから、話題になっている胃袋の中から見つかる人工物以上に直接の死因として排除していく方法を見つけなければウミガメも鯨類もいつかそれほど遠くない未来に過去のものとなってしまうのではないかという気がします。

久しぶりに見つけたシリンダー型のガラス浮き。















写真:久しぶりに見つけたシリンダー型のガラス浮き。

一方で野生生物の保護ということについては、状況、種、などによってあまりに様々で対応を単純に一貫できません。
私の飼っていた猫は親猫から逸れたのか人によって捨てられたのか分からないのですが、海岸沿いの道路上で手のひらに乗るようなサイズで右後肢にケガをしていて雨の中で衰弱し、そのままでは一晩もたないといった状況でした。
そのまま淘汰され死ぬのも自然の摂理という考えもあると思います。
しかし猫はもともと人が関わった事で存在していますので、野生の動物ではありませんから、もともと自然の摂理の中にいません。
私もこの子猫がウミネコだったとしたら保護しなかったでしょう。
ウミネコは完全な野生の生き物で、ヒトがこの日本に住んでいなかったとしてもウミネコは棲んでいたはずです。
それが「野生動物」の定義だと思うのですが、昨今では野生動物を飼育動物のように扱う傾向が増しているように感じます。

写真:アオサギの不思議な恰好。暑さ対策でしょうか?













写真:アオサギの不思議な恰好。暑さ対策でしょうか?

野生の生き物には人に触れられずに死ぬ権利や自由があります。
保護が必ずその動物にとってありがたいものであると考えるのは人間の都合によります。
その動物になった気持ちで考えてみると、接したこともないヒトのような生き物に触れられるのは怖いはずです。
以前、私は脚に釣り糸の絡んだウミネコを見つけ、カヤックで海上で捕まえて糸を解いたことがありますが、その時には随分と攻撃されました。
ウミネコにとっては死に関わるようなストレスを感じたはずです。
しかし一時我慢してくれれば寿命を延ばせると判断してその時は野生動物に直接関わるということをしました。
そのあとには不思議と落ち着いてカヤックのデッキに乗りしばらく離れなかったのは不思議な体験でしたが。(その時の写真はお気に入りでプロフィールに載せてあります)

困った動物を助けることは良いことと思いますが、それが野生の動物であった場合には、その動物が困っている要因が人が作り出したものではないのかについて考えることで、要因を減らす努力が始められますし、要因がこのウミネコの釣り糸のように人によるものだと分かれば人が与えたマイナスを少しでも減らすために手を加える必要はあるのかもしれません。
それとは別に、自然の中で自然の要因で野生の生物が生まれたり、死んだりすることに人は手を出すべきではないと思います。
それよりも自然の中で自然の一部である生き物が自然の摂理の中で生を全うできる環境を荒らさないように注意して、それぞれが暮らす事の方がもっと大切だと思います。

写真:仲間が去った越冬地の夏の海岸で一人暮らしのオオセグロカモメ。















写真:仲間が去った越冬地の夏の海岸で一人暮らしのオオセグロカモメ。

今回の飼い猫の死に加え、この夏には生きるとか死とかについて考える機会がいくらかありました。
その中でウミガメの産卵調査を始めた6月半ばから見かけるようになった、いつも同じような場所で過ごしているオオセグロカモメの若鳥のことがありました。
この個体は初めて見た時から右の翼が垂れ気味で羽搏けない様子でした。
それでいつもまるでシギかカラスのように海藻の打ちあがった中から食べられるものを探しながら過ごしているようでした。
打ち上げる生物の死骸は結構あるとは思いますが、しかし足らずにそのうち飢え死にしてしまうんではないかと最初は随分気になりました。
その後、毎日のようにほとんど同じような場所で歩きながら食べ物を探したり、川で水を浴びたりしている姿が見られました。
台風で海岸の奥まで波が来た痕跡があった日に姿が見えなかったときなど、高波にやられたのだろうか?と心配になったり、そして少しして姿が見られて安心したりという感じで昨日までのウミガメ調査期間を過ごしました。
翼が動かせずに飛ぶことができないカモメがどれくらい生きていけるのか?もしくはそのうち治癒して飛び去って行くのか?想像もできませんでしたが、少なくとも最初に心配したように飢え死にするということはありませんでした。
たまたまそこが打ち揚げ有機物の多い海岸だったことは関係しているとは思いますが、これほど適応力があるとは思わず、とても驚いています。
ある時には1q以上先の港で見かけたこともあり、最近翼は垂れていませんし、もしかすると短距離では飛べるようになっているのかもしれませんが、歩いて移動したのかもしれません。
しかし、やはりもともといた河口近くで歩きながら過ごしているようで、今後この個体がどうして生きていくのか気になりますので、時々様子を見に行くかもしれません。
とにかくやはり野生の者は野生の生き方があり、その生命力を信じるべきだなと強く感じたりしました。

写真:館山市の海岸に現れたハナゴンドウ。













写真:館山市の海岸に現れたハナゴンドウ。

もうひとつは鯨類ですが、6日にハナゴンドウが館山市洲崎の沿岸に現れて、それを観察した時でした。
これは沿岸といっても本当に岸に沿った海岸の目の前という場所にいたのですが、知り合いの知り合いの方が衰弱の可能性を心配されて、少し鯨類に関わっていそうな私に連絡を下さったという経緯です。
私としては生きて自由に泳いでいる個体には関わらないのが基本的な考え方ですが、とにかく現場に駆け付けてみたところ、その個体は小さな入江の多分肩くらいの深さのところでクルクルと10-20mほどの円を描きながら入り江を周回していました。
一見おかしな行動で、問題がありそうでしたが、じっくり観察してみると何かを追い集めて捕食しているかのような行動が幾度か見られました。
それを繰り返した後には更に浅い場所でマッタリと間隔の長いゆったりとしたいかにも睡眠を感じさせる呼吸とともにほとんど動かなくなるなど、以前館山の築港で観察したハナゴンドウとほとんど同じような行動が見られ、これは困っていないだろうと判断しました。
ハナゴンドウは浅瀬に現れることが多いようで、今回の現場からそれほど離れていない坂田の海岸では群れで沿岸をゆったりと泳いでいる姿も観察しています。
種によっては浅瀬にいるから弱っているということもないと考えた方が良いようです。

写真:私のすぐ足元の浅瀬の岩場に背中を擦って、背中を掻いている様子のハナゴンドウ。この前後に生殖構が撮影できてメスと確認できました。













写真:私のすぐ足元の浅瀬の岩場に背中を擦って、背中を掻いている様子のハナゴンドウ。この時生殖構が撮影できてメスと確認できました。

このハナゴントウがいた日の次の日には台風13号が接近し、ウミガメの巣の様子を確認したりする方で忙しくハナゴンドウは見に行かず、そのままになってしまいました。
それから1ヶ月近く経ち、もういないと思いますが、周辺では滞在している可能性があるかもしれません。
そして坂田で見た群れのように近くにある定置網に入ってしまったのではないかという心配はありますが、ハナゴンドウの通常の生活の一部を垣間見た貴重な経験となりました。

彼ら野生の生き物が困っているのか、自由にしているだけなのかは場合によって判断が難しいです。
特に築港に自由に出入りしていて、ある日去っていったハナゴンドウのような場合には複雑な人工海岸で迷ってしまったのではないか?という心配が自然に沸きます。
もし自然海岸であったなら、それほど心配なく浅瀬にイルカが来て人の目に触れる楽しい出来事で済みます。
人の造ったもの、活動が関与することで話がややこしくなる場合に、そこにいる動物をどうするかを判断するには、現場ではまず十分に観察し、できるだけ多くの事例での経験共有が大切と実感しています。
また自然の中での自然な生死については離れて見守れる態度も大切なのだと思います。

写真:海岸は秋の姿になってきました。













写真:海岸は秋の姿になってきました。

築港のハナゴンドウ、坂田のハナゴンドウについては「海棲哺乳類」のページ内「ハナゴンドウ」、「ハナゴンドウ2」をご覧ください。






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