ハナゴンドウ




2014年5月13日

昼頃に以前からストランディング調査で親しくして頂いている東京海洋大学の谷田部明子さんより電話にて連絡を頂きました。
内容は「東京海洋大学坂田ステーション前の岩場沿岸をイルカが数頭泳いでいる」というようなものでした。
たまたま館山市内の同大学実習所のひとつである坂田にて実習引率中にイルカに遭遇し、早速電話連絡をしてくれたのでした。
最初は写真の釣り人が見つけ、学生が話を聞き目視、それを谷田部さんに伝えたという流れだそうです。























藤田は準備をして早速現場に向かい、14時頃に現場到着。
目視確認の後、14:11に最初の1枚を撮影しています。
観察撮影を開始し、群れはこの時点で恐らく4頭か5頭と見られ、種はその頭部形態、背ビレの特徴、何より体に無数にある傷跡による白さ(個体差多)によりハナゴンドウで間違いないと考えました。
すぐに泳ぎ去ってしまうだろうと考えていましたが、その後も群れは岩場の入り組んだ岸辺を近い時には数メートルまで接近しながら、ゆったりと泳いでいました。
行動は採餌や移動ではなく休息といった感じで、体調が悪いとか何か不具合を感じさせる様子も見られず、問題なく健康な状態だったようです。
同じくこのページにある別の事例のように、狭い港にも自由に出入りしたりする種ですから、むしろこういう狭く浅い場所をサメなどに襲われない安全な場所として意図的に利用する性質もあるのかもしれない等と考えながら観察、撮影を行っていました。























15:30頃になって群れはやっと沖に向かい始めました。
それもゆったりした泳ぎで落ち着いた様子でした。
この沖には定置網が多いですが、それを分かったうえでこの沿岸まで入って来たのだから問題なく沖に抜けていくのだろうと安心して観察していました。
移動が始まってからは潜っている時間が長くなったこともあり、この間にはすぐ近くにある海浜植生の撮影なども合間に行っていましたが、次に沖に姿が見えた時に異常が感じられました。
単なるジャンプやスパイホップではなく何か黒いものに覆われたようなハナゴンドウの姿が見えました。
定置網に入ってしまったか?とすぐに思いましたが、落ち着いて写真を撮って確認しようと試みました。
15:55に撮影した写真で確実に入網が確認できました。























この時点では入網は1頭だったかもしれません、他に網にかからずに周辺をやや落ち着かない様子で泳ぐ個体が確認できています。
少なくとも1頭が網から出られずにいる上に呼吸に問題のある水面に張られた網を押し上げて呼吸していることが写真から確認できたので、急を要する事態となりました。
まず東京海洋大学の職員の方に相談し、網の所有者か管理者の方との連絡をお願いしました。
私は実際の状況を確認し、できればハナゴンドウを誘導して網から出す事が出来ないか試すために大学が所有するシーカヤックをお借りし、海上に出ました。
間近で状態を見ると、どうもその後に群れ全体が入網してしまったようで、網の外で通常の浮上呼吸を行っている個体は見られませんでした。
何頭ものハナゴンドウが頭部でスパイホップするような状態で強引に網を押し上げながら呼吸しています。

以下動画は海上で撮影した状況です。































水面に顔を出した時にカヤックが目に入った個体は明らかに動揺していましたが、一方で移動性が見られました。
網の仕組みを確認し、出られる場所を見つけ、網の奥にあたる場所から出口に向かってハナゴンドウが移動する可能性が高いようにゆっくりと漕ぎながら撮影なども行いました。
間もなく所有者が管理作業を依頼しているダイビングショップで大学の隣の「シークロップ」の成田さんがダイビングボートで定置網の現場まで来てくれました。
ダイバー2人で水中に潜り、網を切ってハナゴンドウを網から出す作業をしてくれることになりました。
私は変わらず水面からハナゴンドウの誘導を試みていましたが、網を十分広く切って頂いた時点で成田さんらと見守る事にしました。
これ以上ハナゴンドウの動揺を大きくするのは逆効果だと考えました。























そういう状態の中1頭、また1頭とイルカが脱出し、最後に比較的体色の白い大きな個体が残されました。
多くの個体は脱出の後すぐに慌てて泳ぎ去りましたが、1頭だけが戻って来て網の外からその残された個体を見守っていました。
白い個体は母親で、そのコドモだったのかは分かりませんが、非常に感慨深いシーンでした。
残された1頭がなかなか出る事が出来ず、仲間が去った事によりますます落ち着きを失ったような様子を見せパニックがひどくなったように感じます。
この時点で肺に水が入っていても不思議ではなく、とても苦しい思いをしていたのではないでしょうか。
結局、切れるだけ網は切ったので、あとは傍にいても彼の動揺を大きくするだけだろうという事になり、18:40陽も落ちかけた現場を去ることにしました。























写真:ハナゴンドウの入り込んだ網の上部(水面側)を覆っていた網。



2014年5月14日























写真:朝、成田さんらが水中を捜索しているところ。

昨日残されていた1頭は網から出たのか気になりましたが、水面に網の張ってある定置網の中では、あのような体力任せの呼吸を続けるしかなく、一晩経って網の中で衰弱して取り残されるという可能性は低く、脱出して生存しているか網の中で溺れて死んでしまているかのいずれかだろうというと想像していました。
あとは死んだ場合に浮くのか沈むのかですが、10:00前頃に現場に到着したところ、網の中にあのハナゴンドウは見当たりませんでした。
比較的白い個体でしたので、沈んだとしても水面から見えるのではないかと思いましたが見つかりませんでした。
これは脱出したのではないかと大きく期待しましたが、その後シークロップの成田さんらが来てくれて水中を探したところ死体が見つかりました。
非常に残念でした。























成田さんらはダイビングのお仕事の後に現場へ寄ってハナゴンドウを引き上げ、港まで運ぶとのことでしたので、私は岸に戻り港で成田さんらを待ちました。
ハナゴンドウが港に到着後、東京海洋大学により運搬され、大学敷地内への埋設が行われました。
埋設前に身体の状態の記録などを谷田部さんと共に行いました。
胴体からはエボシガイの一種やクジラジラミの一種が見つかりました。
他にもハナゴンドウの身体の特徴や傷の記録などを行うことができました。
ハナゴンドウは何度かストランディング対応をしている種でしたので、見慣れた感もありましたが、やはり毎回知ることがあり、今回は特に鮮度の高い個体であった事で寄生生物の観察が行えたことは有意義でした。
しかしあのように幸せそうに家族(?)でのんびりと過ごしていた姿が間もなく、死に直結する状態に群れごと陥り、最終的に1頭が死んでしまい、恐らくはその他の個体も群れを再度結成することが難しくなったのではなかったかと考えると、定置網、特に水面側に天井といわれる網を張ることが鯨類やウミガメ類にどれほど害のあるものかを実際の状況で確認する機会を得たことになります。 とても残念で、しかし貴重な機会であったと感じます。
今回の事例が少しでも活かされ、これから先、このような無駄な死が少しでも減ることを願います。























写真:港からの運搬の為にトラックに載せられた状態のハナゴンドウ。
鼻先の皮が擦り剥け出血していました。
死の間際まで網を押し上げて呼吸をしていたために出来た傷です。























写真:埋設直前の姿。
背ビレの模様などから以下にある識別表でB-1と番号を振った個体と分かります。























写真:尾ビレについていた寄生虫。
エボシガイの仲間と思われます。























写真:同じく胴体についていた寄生虫。
クジラジラミの一種。
いずれも甲殻類です。














































5頭の識別写真

個体数を確実にするため有意な全ての写真を切出し、確認した。
個体毎に振った数字の順については識別し易さによるもので特に意味はない。
Bは発見現場の坂田(ばんだ)を意味。
死亡した個体はB-1。
無作為撮影でありながら個体により撮影された頻度に大きな差があることは興味深い。
























































拡大写真はこちら


また角度、光の加減やブレなどで識別に用いることができなかった写真は少なく、ほとんどの写真で5頭が区別できた事からこの群れが5頭であったと確認した。

識別不可写真はこちら


謝辞

今回、現場での対応と当ページの制作にあたりシークロップ ダイビングスクールの成田 均氏、成田早弥氏、東京海洋大学の益子正和氏、谷田部 明子氏、清水庄太氏に大変お世話になりました。
現場での発見連絡、対応、ページ作成は以上の方々なしには不可能でした。
今回の様な貴重な機会を得た事と皆様の協力を得られたことに感謝いたします。

東京海洋大学 水圏科学フィールド教育研究センター
http://www.kaiyodai.ac.jp/Japanese/academics/center/banda.html

シークロップ ダイビングスクール
http://www.seacrop.jp/



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