カヤック日記


2016年1月の出来事


海上を流されていくザトウクジラの死骸。




















写真:海上を流されていくザトウクジラの死骸。

今年も正月早々にいろいろとありました。
まずは4日の館山市波左間でのザトウクジラ漂着です。
少し西の坂田の沖を漂流している時点で知り合いの方から電話を頂き、知ることが出来ました。
水面にあるという事で慌ててカヤックをクルマに積んで出掛けました。
現場で見た時には坂田の海水浴場沖150mを風に流されて来ていて、少なくともその日のうちに漂着するだろうという状態でした。
岸から見た時には大きな岩にしか見えない黒い大きな物体でしかなく、その上にはアオサギと何羽かのカモメ類が乗っていました。
カヤックで近づいて見るとカモメ類はクジラの皮膚をついばんでいました。
特に天辺を陣取っているシロカモメという種は執着が強い様で、私が近づいても決して離れずに皮膚を食べ続けていました。

海面から見える部分を撮影しているうちに、クジラは隣の波左間の岩場で漂着しました。
漂着と同時に胴体の何処かに穴が開き、体内から血と脂が水中に吹きだし、辺り一面あっという間に赤く染まりました。
長い時間この状態が続いたらサメが来るのかも…と思いながら上陸し、地上からの観察に切り替えました。
岸ではたまたま居合わせた家族連れが見ていましたがとても驚いた様子で、たしかにクジラが漂着するところを見るというのはなかなか無いことだと思います。
私自身もその瞬間を見るのは初めてでした。

浜田で引き上げられるザトウクジラ























写真:浜田で引き上げられるザトウクジラ

大きさが良く分からなかったのですが、5mの私のカヤックと並べてもそれほど変わらないので水中の分も含めて6mほどかな?と思っていましたが、後で8.6mと計測されます。
私の目測だとかなり幼い個体という事になるのですが、実際は1-2歳という感じだそうです。
それでも幼いのでかわいそうですが、野生で生きる生き物は幼いものはやはり淘汰されやすいのでしょうから、珍しいことでは無いのかもしれません。
たまたま人目に触れるところに流れ着くことが珍しいだけかもしれません。
しかし館山ではここのところ冬になるとこういう幼いザトウクジラが漂着する事例が続いていて、ちょっと頻度が高過ぎて問題を感じます。

今回のザトウクジラは岩場で埋められない為、3q弱東の同じく館山市の浜田港脇の浜まで船で曳いて行き埋める事になりました。
その際、国立科学博物館により調査も行うことが出来ました。
私も久しぶりに解体の手伝いに参加しましたが、今回のクジラは皮膚の状態など外観で想像したよりも内部の腐敗が酷く、脊椎はバラバラでいろいろな骨がおかしな状態でクジラの身体の中に転がっているというような状態でした。
内臓も解けてしまっていて、せっかくの解体調査で情報量が少なかったようです。
背骨がバラバラでしたので全長の数字も実測よりも多少短く考えるべきだろうという話でした。

ザトウクジラに好んで付着して生きるオニフジツボとオニフジツボに付着しているミミエボシ(採取後撮影)




















写真:ザトウクジラに好んで付着して生きるオニフジツボとオニフジツボに付着しているミミエボシ(採取後撮影)

しかし外部寄生生物はいつもの通りに漂着して間もなく私がさっさと採取したのでとても良い状態で観察、確保が出来ました。
ザトウクジラに着くオニフジツボ、オニフジツボに付着しているエボシガイの仲間のミミエボシ、クジラの皮膚に付着しているクジラジラミのどれもが漂着間もなくの時点で観察できたため生存した状態で観察できました。
ただオニフジツボはかなり衰弱している様子でほとんど動きが見られませんでした。
水中にあれば生きて行けそうですが、もしかしたら漂着間際に大量に出たクジラの血と脂で弱ってしまったのではないかな?と想像しました。呼吸に問題が起きるとか?そんなことは無いでしょうか?
これらは持ち帰って海水を入れた容器で夜まで観察できました。
特にミミエボシの活発に動く姿と、新鮮な状態の形態の観察はとても稀な事ですので写真を撮るのに必死でしたが、あまり上手に撮れず残念でした。
もう少し良い機材ともっと良い腕が必要です…。
ミミエボシは現場に行った時には干からびてしまっていて生きている時の姿を留めていない為、ミミエボシの「ミミ」を見た事がありませんでした。
今回はその「ミミ」をじっくり観察することが出来たのが私としては最も嬉しいことでした。若干マニアックすぎですが…。

ちなみに「ミミエボシ」でネット検索をしてもほとんど何も出て来ないという事が分かりました。
その中でこれはとても面白かったのでリンクを貼らせて頂きます。
「島糠に着生する蔓脚類一日本海産を例として」 本間義治・北見健彦・安藤重敏 日本海セトロジー研究 6:25-30 (1996)
「『勇魚取絵詞』に、瀬としてオニフジツボ、牡蛎としてミミエボシが別々に図示してあり、食用になる旨も記しである.この『絵詞』の付録に当る小山田与清 (1829)の『鯨肉調味方』には、調理法まで述べてあり、江戸時代にはクジラに限らず、 着生生物まで食していたことが分かる.」とのこと。
味見するべきでした!!

ミミエボシ。ミミがなるほどという形で確認できます。そのミミは何のために?(採取後撮影)































写真:ミミエボシ。ミミがなるほどという形で確認できます。そのミミは何のために?(採取後撮影)

水槽の機材が無いので水質を保てず、元気だった彼らも夜半までにみるみる弱ってしまいました。
いずれにしても棲家としていたクジラが死んでしまったのですから中途半端に生き延びても良くなかったでしょう。
しかしこういう機会に彼らのような良く知られていない生物を飼って観察することが出来るように家の中に水槽くらいは欲しいなと思いました。
クジラが死んだことも無駄にしたくないですし、クジラに棲んでいた者たちの死もできるだけ無駄にしたくないです。

今回は正月明け間もなく漂着だった為、いろいろと調整に時間がかかり、解体と埋設は7日に行われました。
正月早々大騒ぎだったわけですが、これで終わりではありませんでした。

12日には先月の日記で書いたようにミサゴの記録を取るべく出かけていました。
昼になって驚くような情報が入ります。なんと日本ではほとんど見る事ができないと思っていた方が良いような希少種のコククジラが館山市の太平洋岸の西川名に現れたという事でした。
「ミサゴどころではない!」という事もないのですが、もちろんミサゴもミサゴで大変大切な生き物ですから。
でもしかし太平洋の西側の海岸線でコククジラを見る機会がまた来るなんて、改めて南房総の凄さを実感しました。
この日は岸からの探索を広い範囲で行いましたが、既に姿が見えず、次の日13日に改めて朝からカヤックで探索を行いました。

大きな魚を抱えたミサゴにちょっかいを出すハヤブサの若鳥




















写真:大きな魚を抱えたミサゴにちょっかいを出すハヤブサの若鳥

房総でのコククジラの出来事は私が経験するのは今回が2度目です。
一度目は2005年に東京湾奥まで入り込んだ個体で、袖ヶ浦の工業地帯でホエールウォッチングと当時話題になりましたが、その後東京湾を出る前に富山の定置網に入ってしまい死んでしまいました。 ※その時の日記
これは非常に残念なケースでしたが、今回は早くから情報が得られ、ネットでは水中で撮影された素晴しい映像も見ることが出来たのですが、実際にはその姿が見られず少々残念でした。
しかし、今回はコククジラが無事に他の海域に移ったという事が確認されたことで、私としては前回のコククジラ来遊事例よりも嬉しい経験となりました。
生きていてくれればまた館山にも来てくれるかもしれません。
元気で過ごしてほしいです。

このコククジラに加え、12日には神奈川の 石井さん からもうひとつ情報があり、南房総市の太平洋岸の千倉でまたまたザトウクジラが漂着した事が分かりました。
12日の日が沈む前になんとか現場を確認し、撮影も行えました。

カモメ類に食べ物を与えているクジラ




















写真:カモメ類に食べ物を与えているクジラ

この時面白かったのは、仰向けになったクジラのお腹の天辺を陣取っていたのが先日の場合と同じくシロカモメの若い個体だったことです。
見ているとそのシロカモメは他のオオセグロカモメの幼鳥などよりも明らかに気性が荒く、またクジラの皮を食べるという事に慣れている様子でした。
シロカモメが繁殖地としているのは図鑑によると「北アメリカ、ユーラシア大陸、グリーンランド、アイスランドなどの北極圏」とありました。
一方「どれを食べたらいいかな??」という感じでシロカモメの真似をするようにクジラをついばんでいたオオセグロカモメの幼鳥ですが、彼らの繁殖地は「カムチャツカからウスリーにかけての沿岸、コマンドル諸島、千島、サハリン、北海道、東北北部」とありました。
繁殖地で若いうちに既にクジラなどの海獣類の死骸に出くわして食べた経験の頻度が影響しているのかもしれないと考えてみると、やはり北極圏では海獣類の死骸に出逢う事が多く、元々そういうものを食べ慣れているのだろうと考えました。
また太平洋の北西、オホーツク海ではそういう事の頻度が低くなっていて海獣類が減少しているという事を示しているのかもしれないな…と考えたりしました。
そして「カモメの仲間」と一括りで考えてはいけないなと改めて感じました。
あと幼鳥が多かったのが不思議でした。

多数のオオセグロカモメの幼鳥たちに威嚇するシロカモメの幼鳥




















写真:多数のオオセグロカモメの幼鳥たちに威嚇するシロカモメの幼鳥

千倉のザトウクジラの方は13日にサンプル採取と計測を行いました。
そして発見から3日目の14日に南房総市により処理されました。
この日は行くことが出来なかったためどのように処理されたか気になりましたが、とにかく困難だったろうと想像できます。

千倉のクジラの件では見物に訪れていた地元の年配の方からとても面白いことを聞くことが出来ました。
この岩場は昔やはりクジラが何度か打ち揚がった事から「クジラ場」と名付けられていたというのです。
ここの地区(川口)の区長さんも同じように仰っていて、しかし自分がここでクジラを見るのは初めてだけれどという事でした。
またこのクジラは岸から見える距離に3日程浮いていた後にここに打ち揚がったそうで、東に面したこの海岸でどのような潮の流れが起きているのか興味深いです。
今度カヤックで漕いでみたら体感的に分るかもしれないですね。

「クジラ場」に揚がったザトウクジラ




















写真:「クジラ場」に揚がったザトウクジラ

160104館山ザトウ漂着位置

160112千倉ザトウ漂着位置

過去のザトウクジラ漂着に関する日記
2005年1月
2010年1月
2012年4月
2012年5月
2013年3月



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